限界りあこブログ

キャラにガチ恋!オチのつけ方が甘い自認がある

帝一の追記

初期衝動はそのままにしておきたかったので、後から思いついたことはこちらに書こうと思います。

 

 

20170520

映画『帝一の國』を初めて見てから一晩経ったのだが、未だに興奮は冷めやらない。どのくらい冷めないかというと、朝ごはんの時間にどれだけ帝一が面白かったかという話を延々と母親に話し続けたくらい冷めない。聞かせることで改めて「いやほんと……………おもしろ…………………」というのを再確認したので、自分の中で整理するためにもここに書き記そうと思う。主観的な感想だ。

まず第1に、政治の話なのにいやらしくないのだ。(←これは多分めちゃめちゃおおきい!) 学校という閉鎖空間に落とし込むことでパラレルワールドのように感じ、わたしが政治に対して感じている嫌悪感のようなものから断絶され、"政治本来の面白さ"が理解できた。わたしは弾ギャルらしく政治に興味ない部類の人間だったが、民衆の心理を掴み取りたった1つの席に座ろうとする面白さをある種ゲームのように見られたのである。

次に、"笑い"についてだ。突然だが、大場つぐみ先生と小畑健先生の『バクマン。』という作品には"シリアスな笑い"という概念が存在する。主人公である漫画家・亜城木夢叶の2人が得意とする作風だが、作中では

トーリーやキャラクターがシリアスで真剣なのにもかかわらず、思わず笑えてしまう場面を指してこう呼んだ。

シリアスな笑い (しりあすなわらい)とは【ピクシブ百科事典】

と言われている。これはわたしが昨晩書き記した"軽快なバイオレンス"に通ずるものがある気がする。

わたしは常々漫画や小説、映画において"笑い"が大切だと思ってきた。それは何もギャグやコメディのみを指すわけではない。わたしの根本にはシリアスバイオレンスドン底暗い話大好き属性があるので、むしろそれらとは逆の系統だ。ところが、シリアスな話にはシリアスとともに"シリアスな笑い"も共存できるのだ。

話を帝一に戻そう。想像がつくであろうが、映画『帝一の國』においてもっともシリアスな笑いが炸裂しているのはテスト採点のシーンではなかろうか?帝一と帝一の父親・譲介は、何も誰かを笑わせようとしているのではない。至って真面目に、その場にはいない敵・大鷹弾と戦っているだけだ。なのに腹を抱えるほど面白いではないか。

この"シリアスな笑い"はどの作品でも出来ることではない。ウケを狙ったのでは違う笑いに変わる。わたしが大好きなこの笑いを帝一の國はやってのけてくれた。

「軽快と暴力」、「シリアスと笑い」、真逆のものが共存できる世界、やっぱ帝一の國おもしれ〜な〜と思い明日も大好きな帝一の國を観てこようとおもう。

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最後に弾ギャルをキメるわたしの図です(パンピの友達に無理やり撮らせた)

 

20170521 追記の追記

そういう感想を読んだのですが帝一の國ってコメディなんですか??わたしはコメディだと思ってなかったので上の文章を書いたのですが、コメディだとするととてもトンチンカンな文章だったかもしれません。だからと言ってなんのジャンルかは分からないのですが、わたしの中では少なくともコメディではなかった。なぜかと言うと笑いが主体ではないのです。

人を笑わせることを主体とした演劇や映画、ラジオやテレビのドラマ作品や、それらのなかの笑いを誘うやりとりを指す。喜劇 - Wikipedia

 

20170521 追記の追記の追記

当たり前すぎて言うの忘れていたけれど、漫画から映画にするにあたってカットする部分のチョイスが上手だったのと、余計な改変がないところ、あと必要以上に帝一と美美子の恋愛に重きを置いていないところ、めちゃめちゃ好きなところです。

 

20170521 追記の追記の追記の追記

3度目の映画『帝一の國』を見てきた。原作を読んでいて幾度となく思ったことだが、3度目にしてようやく感じたことがある。

この作品の登場人物は「おかしい」のだ。言葉にすると軽くなるとはこのことで、「おかしい」の一言で片付けるにはわたしとは解釈違いを起こしているのだが、端的にいうとそうだ。どうおかしいかというと、多分、わたしたちが今住んでいる世界の常識とは少し違うところに常識をおいているのだとおもう。(上流社会のことは知らない一般ピープルなので上流社会では常識なのかもしれませんけれど)

最後、堂山生徒会長が次期生徒会長を指名するとき、氷室はなんの抵抗もなく堂山生徒会長の足元にうずくまり上履きを舐めようとした。そのとき、わたしの隣で見ていた小学生女児2人が「うえっ!きもちわる!」と呟いたのだ。ようやくそこでこれは「おかしい」ことなんだと分かった。

思えば、序盤から拍手もおかしかったではないか。始まりも終わりもピタリと示し合わせたような形式的な拍手だ。なぜ気付かなかったのか分からないが、序盤から異様な海帝高校全開の"拍手"という概念があったではないか。

小学生女子のおかげで、わたしは氷室先輩の足舐め事件から目を覚まし、より外側から帝一の國を見た。(とは言ってももうほぼ終わりなんだけどね)

そして、外側から見て気付いたのだ。海帝高校の、帝一の國の世界の変革者がいることを。

それは森園億人だ。

帝一は氷室派に造反を起こし、森園派に寝返るために将棋部に行った。自身や弾に数々の無礼を働いてきた帝一を森園億人が受け入れたとき起きた拍手は、あの海帝高校の拍手ではない。自然に起きた拍手だ、終わりもない。それが、"森園億人の作る新しい世界"だった。

森園億人が生徒会長に指名された時に起きた拍手、そして時は進み、帝一・弾・菊馬の三人で行われた生徒会選挙、森園生徒会長が「次期生徒会長は、大鷹弾!」と言った後に起きた拍手は、あの将棋部で起こった拍手と同じで自然に起きた終わりのない拍手だった。しかし将棋部とは違い、そこはおかしな拍手をしなければならないはずの公的な場で、なのにだ。

森園億人が目指した学校、世界は、「安全なところから叫んでも何も変わらない」と弾に言っていた億人先輩の望み通りに変わったのだ。

(ここからは私情120%なのだが、億人先輩は自らの可愛さや秀才さ、つまり力量を大いに自覚したうえで行動していると思うのだが、それでいて出て来る一言が「男の子だからね」なのは罪深すぎると思う。みんなから愛される大鷹弾に愛され、最終的には絶対君主氷室ローランドさえを手懐け、あんなに可愛いのに誰よりかっこいい王子様だ。まあわたしは弾ギャルですがね!!!!!)

 

 

20170522
風邪を引いたのでバイトを休んだが、バイトを休んだことで時間ができたので帝一の國を見てきた。(さいてい!)
最初の記事で友達の友達が駒ギャルなので派閥的に駒ギャルができないと言ったが、その件の友達に「気にしなくていいよ」と言われたので心の底から駒先輩に沸けるようになりました。オメデトウ!なので今日は氷室先輩と駒先輩について書きます。
わたしは、喧嘩が好きです。というと語弊がありますが、綺麗な男から流れる血が大好きです。なので、殴り合いの喧嘩が好きです。海帝の生徒が襲われたら絶対返り討ちにするスーパーヒーローさま✊😼は宗教画のようなお顔立ちをしており比較的手が出やすいみたいなので、嫌いなわけないよね。わたしはコンプレックスを抱えた男児も大好きなのでスーパーヒーローさまの相棒も嫌いなわけないね。
神社で他校のヤンキーに絡まれたときの2人のまさに虫ケラを見るような目。「行くぞ」と言われ「おう」と言い、息ぴったり、敵を倒すのだ。今まで理屈っぽく書いてきたわたしだけどさすがにこのシーンには「か、か、カッコイィィイィイィイ〜〜〜!!!!!!」しか言えんわ!天才!!
前書きおわり。ここからは短縮のために敬称略して書かせていただきます。

わたしは駒のことを相棒と前述したが、それは正しいのだろうか。おそらく外面と内面で2人の関係は大きく変わる。
海帝高校の生徒(外側)から見れば、駒が氷室に執着しているように見えるのではないだろうか。かつて助けてもらったスーパーヒーローに今も助けてもらってる、間違ってない部分もあるかもしれないが、2人だけ(内側)のシーンから見るに、恐らく執着しているのは氷室のほうだ。
この映画で氷室は「いじめられっ子だったお前を助けたのは俺だよな、だから仲間だよな」と、駒に問い続けた。しかし、私たちには見えるのだ、駒が言いたいことを。「そんな交換条件なくたって俺はお前の味方だ、友達だ」と言いたいことを。本当だったら氷室だって「俺たち友達だよな」ってただそれだけ問いたかっただろう。「お前を助けたのは俺だよな」と問う氷室の顔は悲痛に歪み、見てるこちらが辛くなるほど、独りぼっちの少年だ。駒は、絶対君主の唯1人の味方なのである。
2人のアンバランスな上で成り立っている関係の大きな転換点には、必ず投票シーンが挙げられるだろう。駒は今まで「懸命に支えてきた」氷室には投票せず森園億人に投票するのだ。氷室に問い正された駒は「お前は生徒会長になっちゃいけないやつだ」と言う。選挙活動中、駒が氷室の暴走に疑問を感じているのは鈴木くんの演技からよく分かっていた。しかし、感じていても止めるかどうかは、ギリギリまで迷っているようだった。それは、氷室の味方が自分しかいないのを分かっているからだ。
しかし駒は友達だからこそ止めることにしたようだ。氷室は理解できずに、たった1人の理解者に裏切られたと思い「なんでだよ!なんでだよ!なんでだよ!」と繰り返した。

その後、唯1人の味方に裏切られ(だと思い)生徒会長になることを果たせなかった氷室は屋上から飛び降り自殺を図る。幸いにも光明ちゃんが帝一用に敷いていたマットのおかげで大事には至らなかったが、世界を、2人の関係を動かすのには十分な事件だったのであろう。
そこで、ようやく氷室は駒に「俺たち、友達だよな」と純粋に問えたのだ。駒は、責任を感じた顔をしつつも、少し嬉しさを含んで「当たり前だろ。」という。
ようやく、2人の関係に対等性が生じたのだ。

つまり何が言いたいかというと、2人の関係はとにかくどタイプで興奮するねって話。駒と氷室、だいすき。

 

 

 

20170524

ついにきたね応援上映。

わたしが初めて見たときにはもう2回の応援上映は終わっていました。またいつかいつか、と思いつつ楽しみにしていた応援上映。待ちに待った応援上映。

東京全部行きます。他の舞台のチケット取っていたけれど、オーラス(勝手に呼んでる)の新宿バルト9に被ってるので譲渡して応援上映に行きます。なんてったって!!!応援上映!!!!今まで頭の中で応援上映していた日々とはお別れだ!!!!!

大鷹弾さんに片想いの身として!!!!!少しでも弾さんに声を届けたい!!!!!好きだよって、少しでも伝えたい!!!!!わたしはーーーーー!!!大鷹弾さんのことがーーーー!!!!!好きですーーーーーーー!!!!

待ってろよ応援上映!

 

 

20170529

行ってきました応援上映!!!!!!

あほになって楽しかったです。

弾くんがアップになったらすぐバルログする害悪キメてきました。

2日の応援上映は、弾くんが生徒会長になったところで大閃光焚こうと思います。

駒先輩の「かわいいもんだ」のところで「ありがとう〜!」って勘違いごっこしたらど滑りしました。あれはウケたね。

わたしが1番好きだった応援は、文化祭で弾くんに取引を持ちかける氷室先輩の背後の帝一の顔芸に対する「かおー!!!」です。

将棋部が文化祭で青空将棋をやる謎の伝統の可愛さに名前をつけたいな。

 

 

20170602

2回目の応援上映行ってきました!!!

大鷹弾くん限界夢女連合を組んでる方と、、体育館上映やったら億人先輩の「男の子だからね」でダイブしようねー。とか話しました。

あとは他のお友達に「弾くんの料理食べてないけど美味しかった!」って言ったら闇深認定されてしまった。

今日イチウケたのは、弾くんが帝一の部屋の扉叩いてる時に「ダンダンダンダンダン!!!」って叫んだおたくです。

もう黙って帝一の國見られないなー。

8日のオーラス楽しみだけど寂しいです。