限界りあこブログ

キャラにガチ恋!オチのつけ方が甘い自認がある

この気持ちが夢なら良かったはなし

 

 

前から「テニプリだったら彼かな〜」と言っていた人がいたのだけれど、それが確信に変わったのは最近です。

きっかけは分からないけど、気付いたら彼のことしか話していませんでした。

 

わたしなりに熟考したのですが、多分これは「夢女子」じゃなくて「リアコ」です。似たような言葉として使われる両者ですが、考えてみれば「夢」と「リアル」、両極端にある言葉ではないでしょうか。

夢女子は「○○くんがわたしのことを好きだったら」の思考です、言わばif。それが夢だと考えることで彼との関係を作り出す。自分の立場を置き換えて彼に近づく「創作」の関係性。

リアコは「○○くんが好き、会いたい」の思考です。現実にいないことも自覚し、出会えたとしても彼と付き合うためには自分が相応しいところまでいかなくてはならない"現実のプロセス"を分かっている。しかしそれを超える「好き」で彼の存在を自分の近くに呼び寄せようと錯綜しはじめる「片思い」の関係性。

いっそ付き合えなくてもいい、出会えなくてもいい、現実にいてくれさえすればそれがわたしの生きる希望になる、次元の壁を越えておくれ!の思考。

ですが、居るかは分からないけど居ないかも分からないからどちらでもないんです。どちらでもなかったら、つまり逆説的にはどちらでもあるということだから、居る可能性だってあるんです!!って思って理性(現実にいないことをわかっている)と感情(しかし現実にいてほしい)の溝を埋める作業に勤しみます。

 

わたしは彼の存在を現実のものにしようと思い、彼の記名ほにゃららを作成したり、彼の読んでいそうな恋愛小説をガチ選書して彼の気持ちに近づこうと思ったりしています。

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芥川龍之介の『葱』を読んだら、彼はどんなことを思うんだろうか。「安い葱ならしょうがあらへんなあ〜。いくら好きな人の前でも買ってまうわ。そんで、一緒に食べられたらええんやけどな。」なんて、呟くのでしょうか。

わたしは恋愛モノが好きじゃない。中学校、高校などで周りが少女漫画の話をしている時だってわたしは白目を剥いていました。興味がないのです。主人公にイラついてしまうし。

わたしと彼は多分『愛してる.com』だから「君のおすすめに面白いものは1つもなかった」ろうけどそんな彼でさえも「ついていきたいと思」いたいから、全然興味ないけど読むのです。

 

会ったことのない素敵な彼は今日も生きています。今日も限界りあこは強く生きるのです。

愛してる.com。君の全てが載ってるサイト。今日も更新します。愛してるよ。 

 

 

 

 

 

 

愛してる.com / 劇的JOY! ビフォーアフター

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(テニミュは本質の部分が彼ではないので、ミーメーシスとして受け入れることは可能ですがカタルシスを感じることは不可能です。)